市場が成熟し、成長の前提が揺らぐなかで、企業経営における意思決定はますます難しくなっている。内部データだけを見ていても、世の中の変化を読み切れない。一方で、外部データを集めれば自動的に答えが出るわけでもない。オープンデータ※1をどのように使えば、経営判断に結びつくのか。神戸大学大学院経営学研究科准教授の原泰史さんに、経営者が実務で活かすための視点を聞いた。
※1 オープンデータ:国や自治体などが保有する統計・行政情報を、誰でも自由に利用・再利用できる形で公開したデータのこと。人口動態、産業構造、法人情報など、個社では取得できないマクロな情報が多く、企業経営や事業戦略の検討にも活用されている。
| 原 泰史(はら・やすし) 神戸大学大学院経営学研究科准教授 一橋大学イノベーション研究センター特任助手、政策研究大学院大学科学技術イノベーション政策研究センター(SciREXセンター)専門職、フランス・パリ社会科学高等研究院日仏研究センター(CEAFJP/EHESS)ミシュランフェロー、一橋大学大学院経済学研究科特任講師を経て、2022年4月より現職。 近著に『Pythonではじめるオープンデータ分析』 |
外部環境を立体的に捉える

——オープンデータを使うことで、経営者は外部環境をどのように捉えられるようになるのでしょうか。
一番大きいのは、外部環境を「点」ではなく「構造」として見られるようになることだと思います。単一の統計データだけを見ると、どうしても断片的な理解になってしまう。重要なのは、性質の異なるデータを組み合わせて、文脈として読むことです。
特に意識してほしいのが、「ストック(静的)データ」と「フロー(動的)データ」の違いです。国勢調査※2や経済センサス※3のようなストックデータは、「これまでの積み重ねによって、どうなったのか」という静的な状態を示します。一方で、gBizINFO※4などが提供する法人設立数や、e-Stat※5 に収録されている人口移動といったフローデータは、「現在の状態から、どちらに向かって動いているのか」という変化の兆しを表します。この二つを組み合わせて見ることで、静止画ではなく、動きのある立体的な理解が可能になります。
※2 国勢調査:日本国内に居住するすべての人と世帯を対象に、総務省が5年ごとに実施している基幹統計調査。人口構成、世帯形態、就業状況、居住地などを詳細に把握できる。
※3 経済センサス:国内のすべての事業所・企業を対象に、総務省と経済産業省などが5年ごとに実施する基幹統計調査。業種別の事業所数、従業者数、売上規模などを把握できる。
※4 gBizINFO(Gビズインフォ):経済産業省が提供する法人情報のオープンデータプラットフォーム。法人番号を軸に、企業の基本情報、所在地、事業内容、補助金・表彰・認定情報などを横断的に参照できる。
※5 e-Stat:総務省が運営する政府統計の総合窓口。国勢調査や経済センサスをはじめ、各省庁が作成する統計データを横断的に検索・取得できる。人口動態、産業構造、地域特性などを時系列で把握できる。
例えば、人口は減っているけれど、新しい法人が次々と設立されている地域があったとします。ストックデータでは、「過疎地」ですが、フローデータを組み合わせると、「新陳代謝が起きている挑戦のまち」という仮説が成り立ちます。そうした矛盾のように見える現象も、データを組み合わせることで、別の仮説として読み解けるようになるのです。
見せかけの相関に引きずられないために

——データや分析結果を見る際、経営者が特に注意すべき点は何でしょうか。
生成AIや分析ツールが身近になったことで、折れ線グラフや棒グラフを描くこと自体は、誰でも簡単にできるようになりました。だからこそ大事なのは、目の前に出てきた数字に妥当性があるのかを、きちんと疑うことだと思います。
時間軸に沿って二つの指標が同時に伸びていると、「この二つには関係があるのではないか」と思ってしまいがちです。でも実際には、因果関係がないのに、たまたま同じ動きをしているだけ、というケースは非常に多い。
——実務の現場で、そうした例はよく見られるのでしょうか。
以前、ある住宅メーカーの方から聞いた話が、象徴的でした。その会社では、4月の営業会議で、ある住宅展示場の担当者が「前月比170%の売上増を達成しました」と報告したそうです。
理由として挙げられたのが、「展示場に水槽を置いたこと」でした。水槽に熱帯魚を入れると、子どもが立ち止まって見続ける。すると親もその場を離れられず、結果的に営業担当が声をかける機会が増える。だから売上が伸びたのだ、という説明です。
この報告を聞いた社長は、「それはいい話だ」と判断し、全国50カ所ほどある展示場すべてに水槽を設置するよう指示しました。
——結果はどうなったのでしょうか。
半年ほど経つと、売上は上がる月もあれば、下がる月もある。結局、水槽を置いた効果ははっきりせず、社長は「結局、意味がなかったじゃないか」と判断して、すべての展示場から水槽は撤去されてしまったそうです。
でも、ここで見落とされていた重要な要素があります。最初に売上が伸びたのは「4月」だったという点です。4月は、進学や就職、転勤など、新しい生活が始まるタイミングです。住宅購入を検討する人が増える季節でもある。
つまり、「水槽を置いた効果」と「季節要因」が同時に重なっていただけなのに、水槽がすべてを説明していると勘違いしてしまった可能性が高いわけです。
——本来は、どのような判断をすべきだったのでしょうか。
経営学的には、これは典型的な「ビジネス実験」の問題です。例えば、人口規模や家族構成などの条件が近い2つの地域において、水槽を置いた展示場と、置いていない展示場を用意し、一定期間売上を比較する。いわば簡易的な対照実験ですね。
それでも差が出れば、水槽の効果だと言えるかもしれない。差が出なければ、それは単なる季節性や偶然だった、という判断になります。
重要なのは、もっともらしいストーリーやグラフに飛びつかないことです。生成AIやデータ分析が簡単になった今だからこそ、「その数字は本当に説明力を持っているのか」「別の要因で説明できないか」を問い直す姿勢が、経営判断には欠かせないと思います。
美しい分析より、再現性のある判断を

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