「守り」と「攻め」のGXで未来を拓く 入山彰栄氏が語る企業変革の条件  

入山彰栄氏が語る企業変革の条件

GX(グリーントランスフォーメーション)は、単なる環境対応ではなく、企業の長期競争力そのものを左右するテーマへと変わりつつある。サステナビリティを“コスト”ではなく“次の成長市場”として位置づけるために企業はどんな視座を持ち、どう動くべきか。経営学者の入山彰栄氏に、これからの日本企業に求められる姿を聞いた。 

入山章栄(いりやま・あきえ) 
早稲田大学大学院 早稲田大学ビジネススクール教授 
慶應義塾大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科修士課程修了後、三菱総合研究所を経て、2008年に米ピッツバーグ大学経営大学院より博士号(Ph.D.)を取得。同年、米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクール助教授に就任。2013年に早稲田大学ビジネススクール准教授、2019年4月から現職。 

企業に足りないのは、中長期の未来に対する「腹落ち」 

企業に足りないのは、中長期の未来に対する「腹落ち」

――先生はGX(グリーントランスフォーメーション)をどのような経営上のチャンスと捉えていますか。 

地球温暖化は私が生きている間に完全に止まることはないでしょう。それでも、子どもや孫、その先の世代のために、この課題に向き合いつづける努力は欠かせません。ここで重要になるのは、「皆で頑張る」という精神論だけではなく、制度設計とテクノロジーの力です。カーボンキャプチャー※1をはじめ、すでに温暖化対策を支える技術は多数登場しており、こうした領域は“守りのGX”として極めて重要だと考えています。 

一方で、温暖化が今後もつづくという前提に立つならば、そこに対応した新しい産業やライフスタイルを生み出す視点も欠かせません。私はこの“攻めのGX”にも大きな可能性があると見ています。温暖化時代を前向きに生きるための価値や産業を育てていくことは、企業にとって大きな機会となり得るはずです。つまり、温暖化を抑えるための「守り」と、新たな価値を創り出す「攻め」。この両輪でGXに取り組むことこそ、これからの企業に求められる姿だと言えるでしょう。 

※1 工場や発電所から排出される二酸化炭素(Carbon)を回収(Capture)し、大気中に放出されるのを防ぐ技術の総称 

――とはいえ、脱炭素と経済成長の両立はなお難しいという声があります。GXをコストではなく成長の契機へと転じるために、企業にはどのような発想の転換が必要でしょうか。 

日本企業の課題として私が一貫して指摘しているのは、中長期の未来に対する「腹落ち」が不足しているという点です。多くの企業が変革の必要性を理解し、イノベーションに取り組まなければならないと認識しているものの、実際には大胆な投資や組織変革に踏み切れない。背景には、30年後、50年後、さらには100年後の自社の姿を構想し切れていないことがあります。本来、変革とは長い時間軸の上に方向性を定めなければ前に進みません。しかし、変化のスピードが加速する現代においては、「長期の未来を描くこと自体が不可能だ」という感覚が広がり、視野が短期に閉じがちになっています。 

ただし、未来が不確実であっても、確実に存在し続ける課題があります。それが、企業が社会課題に向き合いながら持続的に成長していくという意味でのサステナビリティです。地球温暖化は来年に解決する問題ではなく、改善には数十年、あるいは100年規模の時間がかかるでしょう。同様に、貧困や格差といった構造的課題も、短期間で解消する見込みは高くありません。だからこそ私は、30年後、50年後にも残りつづける「人類の課題」を起点に未来を構想するべきだと考えています。温暖化が長期的に続くのであれば、企業は「その課題に対して自社はどのような貢献ができるか」を基軸に事業機会を設計すべきです。つまり、環境負荷削減や社会課題の解決といった広義のサステナビリティは、コストではなく長期に持続する市場であり、新たな産業を生み出す起点となり得るということです。GXを成長に転じるためには、こうした発想の転換が不可欠だと考えています。 

技術力こそGXの真の推進力になる 

技術力こそGXの真の推進力になる 

――日本企業の強みである技術力や現場力は、GXにおいても大きな力を発揮できると考えますか。 

まず前提として、技術力と現場力は明確に区別して捉える必要があります。現場力は日本企業の重要な資産ですが、基本的には「人が頑張る」ことを前提とした能力であり、対応の幅には限界があります。GXで長期的かつ構造的なインパクトを生み出すのは、むしろ技術力の側だと言えるでしょう。 

実際、日本にはGXに応用し得る技術の“タネ”が数多く存在しています。ただし、それらが短期的な収益につながりにくいがゆえに、事業化までたどり着けないケースも少なくありません。大企業が一定のリスクを引き受けて支援する仕組みや、インパクト投資などの長期資本による後押しが必要であり、技術を未来の産業につなげるには、採算が見えるまで粘り強く投資する姿勢が求められます。 

現時点で有望な領域の一つが、藻による二酸化炭素吸収です。藻はCO2を吸収する生物ですが、学術的知見はまだ十分とは言えず、種類も膨大で、未解明の可能性が広く残されています。世界的に藻への投資が増えているのもそのためです。私が取締役を務めるロート製薬でも、沖縄県久米島で藻の栽培に取り組んでいます。 

さらに、将来の選択肢としては核融合技術の進展にも期待ができます。核融合発電が実用化すればエネルギーコストの構造は大きく変わり、産業構造にも大きく影響を与えるでしょう。 

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