「失われた30年」の先にある豊かさとは──暮らし・働き方・AI活用から見る価値観の転換【佐々木俊尚氏インタビュー】

「失われた30年」の先にある豊かさとは──暮らし・働き方・AI活用から見る価値観の転換【佐々木俊尚氏インタビュー】

人口減少や成長の鈍化、デジタル化の進展。企業を取り巻く環境は、この20年で大きく変化してきた。ただ、その変化は制度や技術以上に、人々の価値観や意思決定の前提を静かに書き換えているのかもしれない。社会の変化を長年見つめてきた佐々木俊尚さんに、いま起きている転換について聞いた。

佐々木俊尚
1961年兵庫県生まれ。毎日新聞社などを経て2003年に独立し、テクノロジーから政治、経済、社会、ライフスタイルにいたるまで幅広く取材・執筆。『現代病「集中できない」を知力に変える 読む力 最新スキル大全』『キュレーションの時代』など著書多数。総務省情報通信白書アドバイザリーボード。テレビ朝日「AbemaPrime」レギュラーコメンテーター。

成長を前提としない時代の豊かさの基準

成長を前提としない時代の豊かさの基準

——この10〜20年を振り返って、社会の前提条件はどのように変わったと感じていますか。


一番大きいのは、「右肩上がりの成長やお金持ちになることを、多くの人があまり信じなくなった」という点だと思います。

1990年代のバブル崩壊以降、日本社会は長い停滞期に入り「失われた30年」と呼ばれています。実は2000年代には一時的に景気が持ち直した時期もあったのですが、2008年のリーマン・ショック、そして2011年の東日本大震災はものすごく大きなインパクトでした。

あれから15年、豊かさの基準が変わりましたね。以前は、どれだけ稼げるか、どれだけ多くのものを持てるかが重視されていましたが、今は「身の回りの生活」とか「友人関係を大事にしよう」といった点に関心が移りました。


2015年ごろから注目された「丁寧な暮らし」※1は、こうした価値観の変化を象徴していると感じます。日本だけでなく、アメリカでも「タイニーハウスムーブメント」※2が起きたり、ポートランド発祥の人とのつながりやスローな暮らしをテーマにした『KINFOLK』というライフスタイル誌が世界的に人気を博したり、小さなコミュニティ志向が出てきたのがこの15年ぐらいの大きな変化ではないかと思うところです。

※1 丁寧な暮らし:効率や大量消費を優先するのではなく、食事や住まい、人との関係など、日々の生活を意識的に大切にしながら暮らそうとするライフスタイルの考え方。明確な定義はないが、雑誌や書籍、SNSなどを通じて広がった。

※2 タイニーハウスムーブメント:住宅ローンや家賃の負担を減らし、ミニマリズムとシンプルなライフスタイルを追求するため、約6畳程度の小さな家(タイニーハウス)に住むという、アメリカ発祥の社会的・建築的ムーブメント。

——こうした価値観の変化は、都市や暮らし方の選択に、どのような形で表れてきているのでしょうか。

高度経済成長期以降、農村から都市への人口移動に拍車がかかり、日本全体の人口もやがて減少局面に入りました。そうした中で、もはやかつてのような大きな成長は望めません。低成長の時代に、どうやって社会や経済を維持していくのかという、マインドの切り替えが求められていると思います。

一方で、日本は住みやすく、食文化も豊かで、アニメや漫画などのコンテンツも高い評価を受けてきました。さらに実効為替レートが下がったこともあり、海外からの注目が集まっています。特に中国の富裕層を中心に日本の不動産を購入する動きが活発化し、都心の地価は上昇しました。新築マンションの平均価格が1億円を超えるといった状況も生まれています。

その結果、都心の一部では空洞化が進み、さまざまな問題が派生しています。例えば、訪問看護という介護サービスがあります。これは病院に入院するのではなく、看護師が24時間体制で自宅を訪問する仕組みですが、患者の生活圏の近くに看護師が住めないと成立できません。ところが地価の上昇によって、都心3区の一部ではこうした事業が成り立ちにくくなってきました。

地価が上がりすぎると、スーパーなど生活に必要な店舗の出店も難しくなります。結果として、都心の生活インフラが徐々に弱体化し、いわゆるドーナツ化現象が進む。そうした中で、郊外に住み、より心地よい暮らしを選択した方が良いのではないか、という議論も出てきています。

——バブルの頃へ逆転している現象といえるでしょうか。

一見すると逆転しているようにも見えますが、あの頃とは文化的にまったく違いますね。バブルの時代は、心地よい郊外の暮らしを選んでいたわけではなく、単に都心の地価が高すぎて、仕方なく郊外に住んでいた人が多かった。しかも、基本はフル出社が前提でした。それに比べると、今は状況がかなり違います。


リモートワークにある程度対応できるようになり、通勤のあり方も変わってきました。グリーン車やロマンスカーのような特急を使って、快適に通勤する人も増えています。郊外はインフラや生活環境も整い、以前に比べてずっと住みやすくなりました。


「やむを得ず住む場所」だった郊外が、「自分の意思で選ぶ暮らしの場」へと変わってきている。そこが、バブル期との決定的な違いだと思います。

働き方の長期停滞と変化の兆し

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