生成AIやDXが広がるなかで、企業に問われているのは単なるツール導入ではない。これからも成長を求めるなら、必要なのはイノベーションだと澤円さんは語る。一方で、日本にはそのイノベーションを起こしにくくする構造があるという。解雇規制、飛び級の不在、年功序列、怒る文化——。そうした課題をどう乗り越え、日本はどこに成長の可能性を見いだせるのか。組織風土と社会の土台、その両面から聞いた。
| 澤円(さわ・まどか) 実業家。1969年生まれ。日本マイクロソフト株式会社元業務執行役員、元同社テクノロジーセンターセンター長、株式会社圓窓代表取締役、武蔵野大学専任教員。 現在は多くの企業の顧問やアドバイザーを兼任し、テクノロジー啓蒙や人材育成を行っている。 |
イノベーションの原動力は、挑戦できる「余白」

——AI時代において、企業が成長するために最も重要なものは何でしょうか。
意思決定の本質自体はAI導入以前と変わらないと思っています。企業経営は、突き詰めれば社会貢献です。社会にどう貢献するかを最大化するために、組織をつくり、利益を上げ、投資をしていく。これは今も昔も変わりません。
変わるのは、その実現手段です。例えば家電産業は、かつて日本が世界を席巻していましたが、現在は海外メーカーに大きくシェアを奪われています。自動車産業も依然として強い競争力を持ちながら、国外からの激しい追撃を受け続けている。つまり、これまでの延長線上の努力だけでは成長が保証されない時代に入ったということです。
もちろん縮小するマーケットを受け入れて付加価値を高め、売上を大きくする経営判断もあります。しかし、これからも資本主義ゲームの中で、成長を求めるのであれば、イノベーションしか道はありません。そのイノベーションを起こすために、意思決定をどう高めるかが問われていると思います。
——イノベーションを起こすうえで、何が一番大事でしょうか。
たいへん手垢のついた表現ではありますが、「挑戦」あるのみです。イノベーションは、一発で生まれるものではありません。何度も試し、失敗し、その積み重ねの先にようやく生まれるものです。エジソンが1,000回の実験の先に、一つの成功があったと語ったように、企業に必要なのは、まず挑戦できる余白をつくることです。
——その手段として、AIを活用するということですか。
AIは「活用するもの」というより、パートナーと捉えた方がいいと思います。道具のように活用している限りは通常のITツールと変わらないでしょう。特にAIエージェント※1 は、脳を拡張してくれる話し相手のような存在です。自分の意思決定の中のパートナーとして「付き合う」という方がしっくりきます。
※1 AIエージェント:目標に基づいて自律的に思考・計画・実行するAIの仕組み。対話型AIが質問への応答を中心とするのに対し、複数の業務工程を横断してタスクを完結させる能力を持つ。
DXやAI導入が「現場で止まってしまう」のはなぜか

——日本ではDXやAI導入が現場で止まりやすいとも言われますが、なぜでしょうか。
ひとつは雇用の仕組みです。アメリカでは生成AIの登場で、レイオフが大規模に行われていますが、日本は解雇規制が比較的強く、労働者が守られている。それ自体は大事なことです。ただその一方で、「変わらなければならない」という切迫感が現場にかかりにくい面も大きいです。
——教育や文化の土台も関係していますか。
先進国の多くにあって、日本でほとんど機能していない教育上の制度は何か。「飛び級」です。日本でも飛び級はできますが、おそらく周囲に見たことはないと思います。
日本は、突出した才能を早くから伸ばすというより、全体として平均的な水準を高めていく社会です。その結果として中間層が厚くなり、モラルや規律が安定しやすい。これは日本の強みでもあります。
ただ一方で、イノベーションは新結合から生まれます。とんでもない才能や、異質なもの同士の結びつきから起きやすい。そう考えると、突出した才能が育ちにくいことは、日本でイノベーションが起きにくい一因でもあります。
年功序列と「怒る文化」が、変化のスピードを鈍らせる

——その構造は、企業組織への影響もあるのでしょうか。
そうですね、中間層が厚くなり、その延長で年功序列を土台にした文化も育まれてきました。すると、先輩、後輩でたった1年しか違わなくても、そこに厳然たる関係が生まれます。中身ではなく、年齢や順番で物事が動いてしまうわけです。
そうなると、細い階層が年単位で無数に存在することになる。その一つひとつがボトルネックになれば、生産性は著しく落ちます。意思決定が遅くなるだけではなく、現場の動きそのものが鈍くなってしまうのです。
——AIやDXの導入にも、その影響はありますか。
よくあるのが、「自分は聞いていない」という反応です。新しいことを進めようとしても、途中の階層にいる人が「聞いていない」と言った途端に止まってしまうことがあります。しかも、そういう場では怒る文化もセットになりやすい。
怒る文化があると、人は「怒られないように」動くようになります。そうすると、余計なことを気にしながら仕事をすることになるので、当然パフォーマンスは落ちる。挑戦よりも無難さを優先するようになるわけです。結果として、AI導入のスピードも鈍るし、生産性そのものも下がっていく。AIの問題に見えるかもしれませんが、その前に取り除かなければいけないものが、実は組織の中にたくさんあります。
——澤さんは、今年『The Giver 人を動かす方程式』を出版されましたが、その中に出てくるGiverが、まさにAI時代に活躍する人物像といえますか。
AIが進むと、タスクそのものはどんどん置き換わっていきます。だからこそ、人に残る価値は何かが問われる。そのとき大事になるのは、相手が動きやすくなるように情報を渡すこと、機会をつくること、安心して挑戦できる場を用意することです。つまり、与える行為です。
余裕がないと、人は他者に厳しくなります。イライラしていると、怒る文化が強くなる。逆に余裕が生まれると、他者に優しくなれる。そういう意味でも、余白をつくることは経営資源に対する大きな投資だと思いますね。
日本の強みは、コンテキスト(文脈)を共有する力

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