製造業のDXが進んでいます。
工場では、設備に取り付けたIoTセンサーから稼働データを収集し、AIによって異常を検知する取り組みが広がっています。ロボットやAMR※1などの自律機器も増え、生産管理や品質管理のシステムは、工場の中だけではなく、企業全体のITシステムやクラウドサービスとも連携するようになってきました。
※1 AMR:Autonomous Mobile Robotの略。周囲の環境を認識しながら、自律的に移動して物品などを搬送するロボット。
つまり、工場は、これまで以上に「つながる」ことで進化していると言えます。
しかし、この変化には大きな矛盾があります。
工場をつなげればつなげるほど、これまで工場を守ってきたセキュリティの考え方が難しくなっている、ということです。
経済産業省も「工場システムにおけるサイバー・フィジカル・セキュリティ対策ガイドライン」の中で、工場システムは従来、インターネットなどのネットワークにさらされないことを前提に設計されてきたとしています。
参考:経済産業省『工場システムにおけるサイバー・フィジカル・セキュリティ対策ガイドライン』
しかし、IoT化や自動化、工場DXによって、クラウドやサプライチェーンまで含めたセキュリティを考えなければならなくなったと指摘しています。
これは、単にサイバー攻撃が増えたという話ではありません。
スマートファクトリーを実現するための「システム設計そのものを変える必要がでてきた」という話なのです。
「工場の中に入れなければ安全」という考え方

これまで、多くの工場ではいわゆる「境界型セキュリティ」が採用されてきました。
工場ネットワークと社内ITネットワーク、さらにインターネットとの境界をファイアウォールなどで分離し、外から工場のネットワークに簡単には入れないようにすることです。
これは、極端に言えば、「工場の中に入れなければ安全」という考え方といえます。
もちろん、従来の工場システムを守るという意味では合理的でした。
制御システムは長期間、同じ構成で安定して稼働することが求められます。インターネットへ頻繁にアクセスする必要もなく、PLC※2 や工作機械などを中心とした比較的閉じたシステムとして成立していました。
※2 PLC:Programmable Logic Controllerの略。工場の設備や機械を自動制御するために使われる制御装置。
そのため、外との接点をできる限り減らすこと自体が、有効なセキュリティ対策だったのです。
しかし、工場がソフトウェア化してくると、この前提が徐々に崩れてきます。
ソフトウェア化すると、「閉じて守る」ための負担が増える
例えば、工場内に生産管理、設備監視、画像解析などのサーバーを置いているケースを考えてみます。
サーバーを工場内に閉じておけば、外部との通信を減らすことができます。
ところが、そのサーバーは、ソフトウェアで動いています。
OSにはセキュリティアップデートが必要です。ミドルウェア※3 やアプリケーションにも新しいバージョンが登場します。脆弱性が見つかれば、セキュリティパッチ※4 も適用しなければなりません。
※3 ミドルウェア:OSとアプリケーションの間で、データ処理や通信などの共通機能を提供するソフトウェア。
※4 セキュリティパッチ:ソフトウェアなどに見つかった脆弱性や不具合を修正するための更新プログラム。
しかもOT※5では、ITシステムのように「パッチが出たから今夜適用しよう」と簡単にはいきません。
※5 OT:Operational Technologyの略。工場の設備や機械などを監視・制御するための技術やシステム。
パッチを適用した結果、設備との通信に問題が起きないか。生産システムが正常に動くのか。場合によってはベンダーによる動作確認も必要になります。
IPAが2026年に公開した製造業の事例でも、工場の生産管理システムは多くの製造工程と連携しているため、業務への影響を考えるとセキュリティパッチの適用が容易ではないという課題が紹介されています。
参考:独立行政法人情報処理推進機構(IPA)『プラクティス10-3 業界団体を活用したセキュリティ対策に関する情報共有活動』
つまり、システムを工場内に閉じ込めれば問題がなくなるわけではありません。
むしろソフトウェアが増えれば増えるほど、「誰がアップデートするのか」「いつ止めてメンテナンスするのか」「どのバージョンまでサポートするのか」「脆弱性が見つかったとき、誰が責任を持つのか」
という運用負荷が積み上がっていきます。
そして、工場DXが進むほど、この問題は無視できなくなります。
AI時代には、すべてを工場の中に閉じ込めることが難しくなる

さらに、この問題を大きくするのがAIです。
AIによる外観検査や設備異常検知のように、工場内のエッジコンピューター※6 で処理した方が適しているものは今後も多く存在します。
※6 エッジコンピューター:クラウドではなく、工場設備などデータが発生する場所の近くでデータを処理するコンピューター。
したがって、「AIはすべてクラウドで動く」ということではありません。
一方で、生成AIやAIエージェント、高度な画像認識モデルなどを利用しようとすると事情が変わってきます。
大規模なAIモデルを動かすためにはGPU※7 などの計算資源が必要になります。モデル自体も頻繁に更新されます。AIサービスから別のAIサービスを呼び出したり、クラウド上のデータ基盤と連携したりすることも増えていきます。
※7 GPU:大量の計算を並列処理することに適した半導体。生成AIなど大規模なAIの処理にも広く使われる。
こうなると、「必要なサーバーもソフトウェアもAIも、すべて各工場の中に置いて管理する」というモデルは、技術的に不可能ではなくても、コストと運用の両面で合理性を失っていきます。
ここに、これからの工場セキュリティが抱える大きなジレンマがあるのです。
【関連記事】AIエージェントは製造現場をどう変えるのか、属人的な判断からデータで動く現場へ
DXを進めるためには外部とつながりたい。しかし、セキュリティを考えると外部とはつなぎたくない。
従来の境界型セキュリティの発想だけで考えていると、この二つは永遠に対立してしまいます。
結果として、「セキュリティ上難しいのでクラウドは使えません」「外部接続が必要なので、このAIは導入できません」となれば、セキュリティ対策そのものがDXの推進を止める理由になってしまいます。
境界をなくすのではなく、「境界だけを信じる」のをやめる

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