企業の立地戦略は、サプライチェーンの再編、脱炭素への対応、人材獲得、地域との共創など、複数の要素が重なり合うなかで、企業の中長期戦略を左右するテーマへと変わりつつある。では、産業団地や産業クラスターは、企業のイノベーションにどのような意味を持つのか。長内厚さんに、これからの拠点戦略について聞いた。
| 長内厚(おさない・あつし) 早稲田大学ビジネススクール(早稲田大学大学院経営管理研究科)教授。1972年生まれ。京都大学経済学部卒業、京都大学博士(経済学)。ソニー株式会社を経て現職。日本企業の競争力や製造業のイノベーション、技術経営、産業クラスターなどを研究している。 |
新しい価値は、多様性から生まれる

——企業が新しい価値を生み出すうえで、重要な要素は何でしょうか。
重要なのは、多様性です。新しい価値は、同じ知識や同じ考え方の中からだけでは生まれにくい。既存の技術や経験はもちろん重要ですが、それだけに閉じてしまうと、どうしても過去の延長線上で考えやすくなります。
だからこそ、企業には外部との接点が必要です。組織の外にある知識や情報、人材、企業との関係を取り込むことで、社内だけでは得られない多様性が生まれます。
最近、ソニーが「バウンダリースパナー」※1 という言葉を使うようになっています。これは、組織の境界を越えて、外部と内部をつなぐ人のことです。技術経営の分野では「ゲートキーパー」※2 という概念もあります。開発組織の中で、多くの人は自分の専門分野を深く掘り下げますが、ゲートキーパーは外から情報を持ってくることに長けている人です。
会社の中にも、何をしているのか一見よくわからないけれど、外の情報をたくさん持ってきてくれる人がいると思います。そういう人が、組織に多様性をもたらす役割を果たしているのです。
※1 バウンダリースパナー(Boundary Spanner):組織の内外の境界を越えて、外部の知識・情報・人材と内部組織をつなぐ役割を担う人のこと。
※2 ゲートキーパー(Gatekeeper):研究開発組織などで、外部の技術情報や市場情報を収集し、組織内に橋渡しする役割を担う人のこと。バウンダリースパナーの一形態とされる。
産業集積は、情報が流れ込む環境をつくる

——外部情報が集まりやすい環境として、産業クラスターがあるということでしょうか。
その通りです。ゲートキーパーが機能するためには、情報が入ってくる環境が必要です。その一つが産業クラスター※3 です。
アメリカの研究者であるアナリー・サクセニアンは、シリコンバレーやボストンのルート128、台湾の新竹の半導体クラスターなど、企業が一つの地域に集積する意味を研究しました。
重要なのは、企業が一カ所に集まることで、単に効率よく仕事ができるだけではないという点です。企業同士が情報交換を行い、人や組織の交流が進む。その中で多様な知識が交差し、イノベーションが起こりやすくなるのです。
※3 産業クラスター:特定の地域に、関連する企業、大学、研究機関、行政、支援機関などが集積し、相互に関係しながら競争力やイノベーションを生み出す産業集積のこと。
——GREEN CROSS PARK(GXP)でも「産業まちづくり」を掲げています。産業団地は、イノベーションを生む場になり得るのでしょうか。
産業団地は、意図的につくられた産業集積だと捉えることができます。
従来の工業団地は、工場を効率よく集める場所という意味合いが大きかったと思います。土地を整え、企業に入ってもらう。その機能自体は今も重要です。
しかし、これからの産業団地では、企業が集まるだけでは不十分です。そこに共通のテーマがあり、企業同士の接点が生まれることが重要になります。
たとえば、GX(グリーントランスフォーメーション)のようなテーマがあると、入居する企業の間に共通の関心が生まれます。そこからコミュニケーションが起こり、情報が交換される。その多様な情報交換が、イノベーションにつながっていきます。
サプライチェーン再編は、産業集積の意味を変えている

——産業集積が重要だとすると、日本の製造業にはどのような可能性があるのでしょうか。
前提として、企業のサプライチェーン※4 は、大きな見直しの時期に入っています。かつては、より安くつくれる場所を探し、グローバルに調達や生産を広げることが合理的だと考えられてきました。
しかし現在は、地政学的なリスクや国際情勢の変化によって、必ずしも「安いこと」だけが問われる時代ではなくなっています。安定して調達できるのか。供給が止まった時に代替できるのか。重要な部品や技術を、どの地域に置くべきなのか。そうした観点から、サプライチェーンの再編が起こっています。
その中で、改めて産業集積の意味が高まっています。特定の地域に多様な企業が集まり、大学や研究機関との産学連携も含めて、知識や技術が交差する。そうした場が、新しい価値創造の土台になるからです。
日本の製造業は、最終製品だけを見ると、かつてほど強く見えない分野もあります。しかし、工業用の小さな部品や素材、加工技術など、目に見えにくいところで日本企業が下支えしている部分はたくさんあります。中小企業や町工場が支えている領域も多い。
輸出のデータを見ても、日本の製造業は決して弱くなったわけではなく、今も中小企業を含む製造業の底力が、日本経済を支えている面があります。
こうした企業が近接し、互いに接点を持つことで、新しい価値が生まれる可能性があります。サプライチェーンとは、単に部品を供給する関係ではありません。企業同士の知識や技術がつながり、大学や研究機関なども加わることで、次のイノベーションの土台になるものでもあります。
※4 サプライチェーン:製品やサービスが顧客に届くまでに関わる、原材料調達、部品供給、製造、物流、販売などの一連の企業活動のつながりのこと。
AI時代に、ハードウェアの価値が見直される

——AIやデジタル化の進展は、製造業にどのような影響を与えるのでしょうか。
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