日本の製造業は、高い技術力や現場の改善力を背景に、世界的な競争力を築いてきた。一方、「失われた30年」とも呼ばれる長期停滞のなかで、かつての強みが十分に新しい成長へと結びついていないとの指摘もある。日本企業の競争力やイノベーション戦略を研究する長内厚さんに、日本の製造業が再び価値を生み出すための条件を聞いた。
| 長内厚(おさない・あつし) 早稲田大学ビジネススクール(早稲田大学大学院経営管理研究科)教授。1972年生まれ。京都大学経済学部卒業、京都大学博士(経済学)。ソニー株式会社を経て現職。日本企業の競争力や製造業のイノベーション、技術経営、産業クラスターなどを研究している。 |
イノベーションは「生み出す」だけでは完結しない

——製造業のイノベーションを考えるうえで、まず何を押さえるべきでしょうか。
イノベーション(innovation)という言葉は、新しい技術や製品を生み出すことと同じ意味で使われることがあります。しかし本来、イノベーションは発明そのものとは違います。
新しいものを生み出す発明は「インベンション(invention)」です。一方、イノベーションは、新しいものを生み出し、それが企業の収益につながるところまで含みます。つまり、価値を生み出す「価値創造」※1 と、その価値から収益を得る「価値獲得」※2 が結びついて、初めてイノベーションになるのです。
この点で、日本企業には大きな強みと課題の両方があります。日本企業は、新しい価値を生み出す力には非常に優れてきました。一方で、その価値を事業収益として取り切ることには、課題が残る場合があります。
※1 価値創造:新しい技術や製品、サービスなどの組み合わせによって、社会や顧客に新たな価値を生み出すこと。
※2 価値獲得:生み出した価値から企業が収益を得て、事業として持続可能な形にすること。
日本企業は、価値創造に強みを持ってきた

——日本の製造業は、どのように新しい価値を生み出してきたのでしょうか。
イノベーションには、大きく分けて2つのタイプがあります。ひとつは、過去に蓄積してきた能力を引き出し、活用していく「連続的イノベーション」※3 です。もうひとつは、過去の能力や前提を否定し、まったく新しい価値を生み出す「非連続的イノベーション」※4 です。
多くの企業が日常的に取り組んでいるのは、連続的イノベーションです。これまでの経験や技術を生かし、製品や工程をより良くしていく。日本の製造業の強みは、蓄積してきた技術や現場の知見を生かしながら、製品や工程を磨き上げてきたことにあります。
一方で、世界では時に産業の前提を変えてしまうような非連続的イノベーションが起こります。たとえば照明の歴史でいえば、ろうそくをより明るく、臭いの少ないものに改良していくことは連続的イノベーションです。しかし、電球の登場は、ろうそくの延長線上にはありません。どれほど改良を重ねても、ろうそくから電球は生まれない。そこに非連続性があります。
※3 連続的イノベーション:既存の技術や知識、経験の延長線上で製品や工程を改善していくイノベーションのこと。
※4 非連続的イノベーション:既存の技術や市場の前提を大きく変え、これまでの能力やビジネスモデルを相対化してしまうようなイノベーションのこと。
——日本企業は、非連続的イノベーションも得意だったのでしょうか。
ヨーロッパの企業は、手順を決めて、順番に進めていくことが比較的得意です。それに対して、日本企業はもともと、現場で手を動かしながら試行錯誤する力が強かったと思います。その意味では、既存の延長線上にとどまらない非連続的イノベーションを生み出す素地も持っていたと言えます。
たとえばソニーは、テープレコーダーからカセット、CD、MDへと、音楽を聴く体験を何度も変えてきました。ウォークマンも、まったく新しい技術だけで生まれたわけではありません。既存の技術を新しい組み合わせで捉え直したからこそ、新しい体験になったのです。
自動車産業でも同じことが言えます。内燃機関が長く続いてきた中で、ハイブリッド車という新しい技術を商業化してきたのは日本企業です。電気自動車を早い段階から商業化したのも、日本の自動車メーカーでした。
つまり日本の製造業は、蓄積を生かして改善を重ねる力と、現場の試行錯誤から新しい組み合わせを生み出す力の両方によって、新しい価値をつくってきました。
効率化が進むほど、非連続な挑戦は難しくなる

——一方で日本企業はこの30年、十分なイノベーションを起こせていないとも言われます。
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