脱炭素と経済成長を両立するGX戦略とは

脱炭素と経済成長を両立するGX戦略とは

GXは従来の環境へ配慮したCSR活動的なものとは異なり、企業の主たる事業の経済成長にも寄与するものです。GXを実施することで企業はどのような恩恵があり、何をしなければいけないのでしょうか。今回は日本政府のGX戦略の動きを紹介しながら、企業サイドのGX戦略についても実施するメリットや実行するステップについて解説していきます。

GX戦略とは

まず、「GX戦略」の「GX(グリーントランスフォーメーション)」とは、産業革命以降に築かれた化石燃料依存の経済・社会・産業構造を、クリーンエネルギーを軸とした仕組みへ転換し、エネルギーの安定供給と経済成長、そして温室効果ガス排出削減を同時に実現することを目指す取り組みです。

参考:経済産業省『GX(グリーン・トランスフォーメーション)』

ポイントとなるのは、脱炭素と経済成長を「両立」させる取り組みであること。従来、脱炭素と経済成長はトレードオフの関係にあり、環境を守ろうとすれば経済が伸びにくく、経済を優先すれば環境が犠牲になるという課題がありました。GXでは、こうした対立を乗り越え、環境と経済がともに成長する“トレードオン”の実現を目指します。脱炭素化し温室効果ガスの削減を実現することで社会変革を起こし、新たな産業や雇用、投資の促進を産むのがGXであり、そのための戦略がGX戦略です。

そしてGX戦略には大きくわけて、国として進める国家レベルの取り組みと、企業が独自に進める取り組みの2つが存在します。

GX戦略が注目されている背景

GX戦略が注目されている背景には国際的な動きとそれを受けた日本政府の政策、さらには投資家サイドからの視点も影響しています。具体的に解説します。

気候変動対策・国際的な脱炭素目標(パリ協定など)

昨今異常気象や災害の影響が経済活動にも大きな影響を及ぼしています。国際的に脱炭素政策・規制強化は進んでおり、企業・産業側も構造転換を迫られています。日本政府としてもGX戦略を実行することで、国際的な潮流に対応していく姿勢です。

2015年に採択されたパリ協定では、世界各国が「平均気温上昇を産業革命以前比で2℃より十分低く、できれば1.5℃に抑える努力をする」という長期目標を掲げています。それに対し、我が国は1.5目標の達成に向け、2035年度、2040年度において、温室効果ガスを2013年度からそれぞれ60%、73%削減することを目指すことを、2025年に閣議決定しました。この閣議決定はNDC※1として国連気候変動枠組条約事務局に提出されました。また、日本政府は「2050年カーボンニュートラル宣言」をしており、2050年に温室効果ガスの排出を実質ゼロにすることを目標としています。

温室効果ガス削減に向けて、国がイニシアチブをとって規制強化や産業構造の変化に舵取りを行っています。企業にとっては国のGX戦略が事業の発展や方針変更に大きく影響するため、注目しておく必要があるのです。

参考:外務省『気候変動 日本の排出削減目標』

※1 NDC:Nationally Determined Contribution(国が決定する貢献)の略で、温室効果ガスの排出削減目標に対して、パリ協定加盟国がどのように貢献するかを示したもの。5年ごとに国連気候変動枠組条約事務局に提出する義務がある。

日本政府の「GX実行会議」「GX推進法」などの動き

具体的に日本政府がどのようなGX戦略をとっていくのかは閣議決定や法整備の動きを見ることで把握できます。内閣官房では2022年から年4〜5回程度のペースでGX実行会議を不定期に開催しており、情勢の確認と取り組みについて協議する場を設けています。

GX実行会議の内容を踏まえ、2023年には下記2つのGX戦略基本方針が定められました。

“エネルギー安定供給の確保に向け、徹底した省エネに加え、再エネや原子力などのエネルギー自給率の向上に資する脱炭素電源への転換などGXに向けた脱炭素の取組を進めること

GXの実現に向け、「GX経済移行債」等を活用した大胆な先行投資支援、カーボンプライシングによるGX投資先行インセンティブ、新たな金融手法の活用などを含む「成長志向型カーボンプライシング構想」の実現・実行を行うこと。

引用:経済産業省『「GX実現に向けた基本方針」が閣議決定されました』

「GXに向けた脱炭素の取組を進めること」の具体的なアクションも発表されています。日本政府は2023年の発表で「今後10年間で150兆円超の官民GX投資を実現する」という目標を掲げています。具体的には

  • 徹底した省エネルギーの推進、製造業の構造転換
  • 再生可能エネルギーの主力電源化
  • 原子力の活用
  • 水素・アンモニアの導入促進
  • カーボンニュートラルの実現に向けた電力・ガス市場の整備
  • 資源確保に向けた資源外交など国の関与の強化
  • 蓄電池産業
  • 資源循環
  • 運輸部門のGX
  • 脱炭素目的のデジタル投資
  • 住宅・建築物
  • インフラ
  • カーボンリサイクル/CCS
  • 食料・農林水産業

上記14ものカテゴリーで政府の肝煎りでの産業促進が実施されることとなります。これは、企業にとっては大きなチャンスです。

参考:内閣官房『GX 実現に向けた基本方針 ~今後 10 年を見据えたロードマップ~』

「成長志向型カーボンプライシング構想の実現・実行を行うこと」の具体的なアクションとして、試験的に排出量取引制度(GX-ETS)が始まっています。これは、日本政府によって各企業の二酸化炭素排出量の枠が定められ、枠を下回った企業は余った分を売却でき、枠が足りない企業は購入できる制度です。二酸化炭素の排出を抑えてGXを進めた企業は経済的な利益を得られるため、社会全体的にGXを促進できるという狙いがあります。

また、20兆円規模でGX経済移行債の発行が行われています。金融市場では企業や機関投資家向けの商品として「クライメート・トランジション利付国債」が購入可能です。GX経済移行債の収入はGX予算事業の財源に当てられます。

参考:GXリーグ『排出量取引制度(GX-ETS)』

参考:経済産業省『GX経済移行債を活用した投資促進策について』

企業に求められる「ESG経営」「サステナビリティ経営」の強化

国内では有価証券報告書等の記載要件として、2023年に「サステナビリティ情報に関する考え方および取組」の欄が新設されました。欧米では、いわゆるESG(Environment/環境、Social/社会、Governance/企業統治)に配慮した経営が非常に重視されており、日本もそれに追随した形です。

国内の投資家や金融機関も企業のESG対応を投資判断の重要な要素として見るように変化しつつあります。また、企業が脱炭素や再エネ対応を怠ると、排出量取引制度、サプライチェーンの制約、輸入規制、ブランド、信用などで不利になる可能性があります。そのため、企業としては国がどのような施策を打つかにアンテナを張り、枠組みを遵守することに加え、サステナビリティの視点から自社の価値を高めるような企業サイドのGX戦略の実行が求められているのです。

参考:金融庁『サステナビリティ情報の開示に関する特集ページ』

企業がGX戦略に取り組むメリット

企業がGX戦略に取り組むことで、経営の効率化だけでなく様々なチャンスに恵まれ、事業が発展する可能性が生まれます。メリットを紹介します。

コスト削減・省エネ化による経営効率の向上

企業がGX戦略を実行することでコスト削減・省エネ化が実現し、経営効率が向上します。具体的は、古い設備を最新の高効率機器に置き換える、AIやIoTを活用しリアルタイムで稼働状況をチェックすることでエネルギーの無駄を削減、排熱回収や再利用の設備を導入することで長期的に大規模なコスト削減を目指す、といったアクションが考えられます。

ブランド価値・投資家評価(ESG評価)の向上

前述したように、投資家、顧客、取引先は「環境・社会・ガバナンス(ESG)」を重視する傾向が強まっています。GX戦略に積極的な企業は、サステナブル経営を実践する企業として、社会的に信用を高めることができ、結果として、投資を受けるチャンスが増えるというメリットがあります。

国内だとGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)がESG投資に力を入れています。また、GXに力を入れている企業はグリーンファイナンスを利用できる可能性が上がります。グリーンファイナンスとは、再生可能エネルギー、省エネ、廃棄物削減など、環境改善に資する事業に限定して使われる社債や貸付です。国内ではトヨタ自動車や関西電力、ソニーグループ、自治体等が発行しており、環境省の調査によると、日本国内のグリーンファイナンス発行総額は2023年時点で約4.9兆円を突破しています。GXに取り組むことで資金調達の可能性が大きく広がるのです。

参考:環境省『グリーンファイナンス市場の現状』

新市場・新ビジネス創出(再エネ・カーボンリサイクルなど)

国が促進するGX戦略は企業が行うGX戦略にも密接に紐づいています。GXに関連した新市場開拓や新ビジネス創出のチャンスが非常に多いです。

例えば、石油や石炭等の化石燃料から、カーボンニュートラルな再生可能エネルギーに転換すること自体、新しい市場創出につながります。インフラとして太陽光・風力・地熱発電、地域マイクログリッド等を整備する中で、関連する設備や機械、サービスの売り上げは大幅に伸び雇用も増大するでしょう。

また、水素・アンモニアをクリーンエネルギーとしての利用拡大することで、製造・輸送事業において新たな市場が生まれます。EV・蓄電池・スマートグリッド車の普及は自動車や電力分野の新たなサプライチェーン構築を促進します。

これらは例ですが、GXを進めることで社会構造が変化し、新しい製品やサービスが必要となります。企業としてはこの市場に早くから食い込み、先行者として事業を展開したいところです。

規制・市場リスクの回避(炭素税・輸入規制など)

企業としては早くからGX戦略を実行することで、将来的な法規制・取引コストの上昇によるリスクを回避できます。2028年からは化石燃料の輸入事業者等を対象に、化石燃料賦課金が運用開始となります。この賦課金は、化石燃料に由来するCO2の量に応じて徴収され、CO2を多く輩出すればするほど、企業の収益にマイナスに働くようになるのです。

また、海外へ商品を輸出する際にも不利になります。Carbon Border Adjustment Mechanism(炭素国境調整措置)は、EUにCO2排出の多い製品を輸出すると追加課金される制度で2026年の運用開始が決まっています。

中小企業にとってもカーボンニュートラルは避けて通れません。大手企業がサプライチェーン全体でのカーボンニュートラルを進めていることから、下請け企業も対応が求められます。非対応業者は取引先を失うことになりかねません。

これらのリスクを回避するためにも企業はGX戦略を実施する必要があります。

参考:環境省『我が国におけるカーボンプライシングの導入に向けた検討状況』

参考:経済産業省『炭素国境調整措置』

企業がGX戦略を実行するためのステップ

企業がGX戦略を実行するためのステップ

企業がGX戦略を実行するにあたり、4つのステップで行います。具体的に解説します。

STEP1:現状把握

GX戦略を実施するにあたっては、自社のCO2排出量やエネルギー使用実態を正確に把握することがスタートです。「どこで、どれだけ、なぜ排出しているのか」を把握し、CO2削減の優先順位を決める必要があります。

CO2の排出状況に把握するにあたっては、温室効果ガス排出量を分類する国際的基準で、自社の製造工程や燃料使用、車両使用で生じる直接的なCO2排出(Scope1)だけでなく、エネルギー購入会社から購入した電気やガスを使用する中で生じる間接的なCO2(Scope2)、さらにはサプライチェーン全体で排出されるCO2(Scope3)を漏らさず網羅することが求められます。

エネルギー排出量を算定するにあたってはEMS(Energy Management System)を導入し、電力、ガス、水などのエネルギー使用状況をリアルタイムで収集し管理します。オフィスビルや商業施設を対象にしたBEMS(Building Energy Management System)、工業における消費エネルギーを対象としたFEMS(Factory Energy Management System)、地域単位での電力需要を対象にしたCEMS(Community Energy Management System)などがあります。生産量あたりのCO2排出量などをKPIとして管理すると良いでしょう。

STEP2:中長期目標の設定

現状把握後、科学的根拠に基づく削減目標を設定します。目標設定にあたっては既存の枠組みであるSBT認定などを活用するのが有効です。

SBT(Science Based Targets)とは
“パリ協定(世界の気温上昇を産業革命前より2℃を十分に下回る水準(Well Below 2℃:WB2℃)に抑え、また1.5℃に抑えることを目指すもの)が求める水準と整合した、5年~15年先を目標年として企業が設定する、温室効果ガス排出削減目標のこと。”

引用:環境省『SBT(Science Based Targets)について』

SBT認定を受けるには、国際機関の「SBTi」が企業目標を審査し認定するという流れです。日本国内では2024年3月まで累計904社が認定を受け、花王やアサヒホールディングス、ソフトバンク、電通といった大企業が名を連ねています。

しかし、中小企業がGX戦略の対象外というわけではもちろんなく、中小企業向けに認定基準が緩和された中小企業版SBT認定もあります。具体的な緩和条件としてはScope3の目標レベルがないことなどが挙げられます。

参考:環境省『【参考①】中小企業向けSBT』

SBT認定、中手企業版SBT認定を取得すれば、SBTiのホームページに企業名が公開されるので、GX戦略に積極的な企業としてのアピールにもなります。

また、日本政府が行った2050年カーボンニュートラル宣言に向けて、企業も2050年までに自社活動での排出量と吸収量を均衡させる目標を明示することが求められます。中期的な削減率を定め、削減の進捗状況を開示することが求められます。

STEP3:実行計画を策定し実行

目標設定を行ったら、具体的な行動計画を作成し、施策を実行します。代表的な施策を紹介します。

1.使用するエネルギーの変換

自社施設への太陽光、風力、地熱設備設置を設置し、再生可能エネルギーを導入する。再エネ電力を購入し自社活動に使用する。

2.生産・物流プロセスの低炭素化

老朽化した設備を入れ替え、最新の高効率設備を導入する。AI制御・デジタルツイン※2によるエネルギー最適化を行う。輸送方法を環境負荷の少ない船舶や鉄道にシフトする。

※2 デジタルツイン:現実の物体や環境をデジタル空間上に再現し、そのデータをもとに収集・分析・シミュレーションを行う技術。

3.資源循環・製品改革

カーボンリサイクル技術を導入する。再生素材や軽量素材を採用する。

4.ファイナンス・補助制度の活用

グリーンファイナンスやGXやDXに関連する補助金事業を活用する。

補助金に関して詳しくはこちら>>

STEP4:モニタリング・開示

GX戦略を施策実行したら、振り返りを行います。定めておいたKPIの達成状況の定期測定を元に、社内外レビューによる改善PDCAを実施します。

また、TCFD※3開示を行い、自社の経営戦略・リスク管理・指標と目標を公開し、気候変動リスクに関連した財務影響について説明します。GX戦略の進捗状況とESG情報を財務情報と一体で開示することも求められます。

※3 TCFD(Task Force on Climate-related Financial Disclosures):気候関連財務情報開示タスクフォース。気候変動が企業の財務状況に与える影響を明確化し、そのリスクへの対応を促すことを目的とした、国際的に重要な情報開示の枠組み(フレームワーク)。

GX戦略はこれからの企業成長の鍵

GX戦略は、企業が社会的責任を果たすためと、経済的成長を実現するためという2つの側面があります。GX戦略を実施するにあたってはグリーンファイナンス等の資金調達に向けた支援もあるので、上手に利用してGXを先行して進めることが大切です。新規市場の開拓や新製品サービスの創出のチャンスはまだまだ大きく、国による投資支援の拡大も予想されるので、ブルーオーシャンの今のうちにGX戦略を策定し実施しましょう。

GREEN CROSS PARKのGX

GREEN CROSS PARK

東急不動産が推進する「GREEN CROSS PARK(グリーンクロスパーク)」は、環境負荷の低減と産業の発展を両立させることを目指した次世代型の産業まちづくりプロジェクトです。 エリア全体でクリーンエネルギーの導入や炭素排出量の管理を進めることで、持続可能な社会の実現を目指しています。また、多様な企業がこの拠点に集い、互いの技術やノウハウを掛け合わせることで、GX(グリーントランスフォーメーション)の推進を加速します。 東急不動産は、環境と経済の両立を図りながら、持続可能な未来の実現に向けて「GREEN CROSS PARK」事業を積極的に展開しています。

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