2050年から逆算するGX戦略——世界の脱炭素転換から見える日本の現在地【藤野純一氏インタビュー】 

2050年から逆算するGX戦略——世界の脱炭素転換から見える日本の現在地【藤野純一氏インタビュー】

2050年カーボンニュートラル※1 が世界的な目標となるまでには国際交渉の挫折や、気候変動をめぐる科学的知見の積み重ねがあった。では、その目標を現実の変化へつなげ、GX(Green Transformation)をさらに加速させるには何が必要なのか。国立環境研究所で「日本低炭素社会シナリオ研究」に携わり、COP※2 への参加や、アジア各地の脱炭素政策にも関わってきた藤野純一さんに、世界の脱炭素転換を振り返りながら、日本の企業や地域に求められる視点を聞いた。 

※1 カーボンニュートラル:温室効果ガスの排出量から、森林などによる吸収量や除去量を差し引き、全体として排出量を実質ゼロにすること。日本政府は2050年までにこの状態を目指すことを宣言している。 
※2 COP:Conference of the Parties(締約国会議)の略。気候変動分野では、国連気候変動枠組条約(UNFCCC)の締約国が集まり、温室効果ガス削減や気候変動対策の国際的なルールについて話し合う会議を指す。 

藤野 純一(ふじの・じゅんいち) 
公益財団法人地球環境戦略研究機関(IGES)プリンシパルシナジーコーディネーター。脱炭素、SDGs、地域環境政策の分野で、国の委員会や国際会議、自治体支援に携わる。国立環境研究所では「日本低炭素社会シナリオ研究」に関わり、日本国政府の温暖化対策目標づくりにも参画。飯舘村の復興計画や、アジアの国・都市における低炭素社会、SDGsの実装にも取り組んできた。

2030年の節目まで、残された時間はわずか 

2030年の節目まで、残された時間はわずか

——2050年カーボンニュートラルの実現から逆算したとき、日本は現在どのような段階にあると捉えていますか。 

一言でいえば、まだ「途上」だと思います。 

日本では2020年10月、菅義偉首相が2050年カーボンニュートラルを宣言しました。その後、国は2030年度に温室効果ガスを2013年度比で46%削減する目標を掲げ、多くの都道府県や市町村、企業も、それぞれ削減目標を定めています。 

温室効果ガスの排出量も、減っていないわけではありません。ただ、2030年度という目標年はすでに目前ですから、2026年現在、残された時間はわずかです。 

発電設備や工場、建築物などのインフラは、計画を立ててから実際に整備するまでに時間がかかります。2030年の目標を実現するには、すでに具体的な取り組みが動いていなければ間に合わないものもあります。 

2030年は非常に重要な節目です。目標を達成できたか、できなかったかだけではなく、なぜその目標を立てたのか、何ができ、何ができなかったのかを、きちんと振り返らなければなりません。 

——排出量を減らすうえで、どのような点が重要なのでしょうか。 

重要なのは、どのように減ったのかです。 

たとえば工場や製鉄所が閉鎖され、生産量が落ちた結果として排出量が減ったのであれば、それだけで望ましい変化とはいえません。生活や産業を維持し、豊かさを高めながら排出量を減らす「デカップリング」※3を実現する必要があります。 

※3 デカップリング:経済成長や生活の質の向上を維持しながら、資源・エネルギーの消費量や環境負荷を減らしていくこと。脱炭素の文脈では、経済活動の拡大とCO2排出量の増加を切り離すことを指す。 

一方で、現在の政策には、こうしたエネルギー消費の構造転換と必ずしも一致していない面もあります。燃料価格への補助には、地方で車を使わざるを得ない人への配慮として必要な面があります。しかし、従来と同じエネルギー消費を支え続けるだけでは、省エネや地域のエネルギー資源の活用は進みません。 

日本は化石燃料の購入に多額の資金を海外へ支払っています。体から血が吹き出しているのに、ばんそうこうを貼り続けているようなものです。省エネを進め、地域資源でエネルギーをつくり、需要そのものを見直す。血が流出する構造を変えなければ、根本的な解決にはなりません。 

「真面目な脱炭素」から、世界をリードするGXへ 

「真面目な脱炭素」から、世界をリードするGXへ

——日本企業の脱炭素への取り組みを、どのように見ていますか。 

TCFD※4やTNFD※5 などに基づく情報開示や、各種目標の設定には、比較的真面目に取り組んでいると思います。ただ、世界をリードする技術やサービスを生み出しているかは別の問題です。 

※4 TCFD:Task Force on Climate-related Financial Disclosures(気候関連財務情報開示タスクフォース)の略。気候変動が企業の経営や財務に与えるリスクと機会について、情報開示を促す国際的な枠組み(2023年に活動を終了し、その考え方は現在の国際的な情報開示基準に引き継がれている)。 
※5 TNFD:Taskforce on Nature-related Financial Disclosures(自然関連財務情報開示タスクフォース)の略。企業や金融機関に対し、自然資本や生物多様性への依存・影響、リスクと機会の把握・開示を促す国際的な枠組み。 

2番手、3番手として先行事例を追う戦略が悪いわけではないと思います。しかし、どこかでブレークスルーを起こさなければ、日本が世界で稼げる産業やサービスを失う可能性があります。 

GXは環境部門の規制対応ではなく、企業が事業を続け、世界市場で生き残るためのテーマです。 

気候変動は世界共通の課題です。だからこそ、省エネや分散型エネルギーなど、その解決につながる分野には世界規模の需要があります。日本企業が問われているのは、決められた目標に追随できるかではなく、課題の解決を通じて新しい技術やサービス、市場をつくれるかどうかではないでしょうか。 

COP15の挫折から、世界共通の1.5℃目標へ 

COP15の挫折から、世界共通の1.5℃目標へ

——藤野さんは2005年からCOPに参加されています。国際的な気候変動対策は、どのように変化してきたのでしょうか。 

大きな転換点の一つが、2009年にデンマークのコペンハーゲンで開かれたCOP15です。 

京都議定書の次の国際的な枠組みを決めることが期待され、多くの首脳が集まりました。しかし、各国の利害が折り合わず、十分な合意には至りませんでした。 

会議では「コペンハーゲン合意」がまとめられましたが、正式採択ではなく、COPとしては文書の存在を確認する「take note」という扱いにとどまりました。 

——そこから、どのように各国の合意が形成されていったのでしょうか。 

当時は、「国連のプロセスでは、もう世界的な合意をつくれないのではないか」「主要国だけで決めればよいのではないか」という悲観的な見方さえありました。それでも翌年以降、各国は対話を重ね、信頼関係を一つずつ再構築していきました。その動きを後押しした背景の一つが、気候変動に関する科学的知見の蓄積です。 

重要な知見の一つが、人類がこれまでに排出してきたCO2の累積量と、世界平均気温の上昇幅が、ほぼ比例関係にあるということです。単年の排出量を減らしても、排出を続ける限り累積量は増え、気温上昇も続きます。上昇を止めるためには、世界全体のCO2排出量を実質ゼロにする必要があります。 

そうした中で、2015年のパリ協定では、世界の平均気温の上昇を「2℃を十分に下回る水準に抑え、さらに1.5℃以内に抑えることを目指す」という目標が掲げられました。さらに、IPCC※6 が2018年に公表した「1.5℃特別報告書」により、気温上昇が1.5℃か2℃かによって、自然環境や人間社会への影響が大きく異なることが具体的に示されました。 

※6 IPCC:Intergovernmental Panel on Climate Change(気候変動に関する政府間パネル)の略。世界各国の研究成果をもとに、気候変動の科学的知見、影響、適応策、緩和策について評価報告書をまとめる国連の組織。 

——1.5℃と2℃では、実際にどれほど影響が違うのでしょうか。 

例えばサンゴ礁は、1.5℃の上昇でも70〜90%が失われると予測される一方、2℃では99%以上が失われるとされています。また、夏に北極海の海氷がほぼ消失する事態も、1.5℃では100年に1回程度なのに対し、2℃では10年に1回程度まで頻度が高まるとされています。 

こうした科学的知見によって、「2℃ではなく1.5℃を目指すべきだ」という国際的な認識を強めていくことになり、2021年に英国グラスゴーで開催されたCOP26では、1.5℃が事実上の世界目標として、より強く共有されました。 

2℃目標では、世界全体のCO2排出量を実質ゼロにする時期は今世紀後半と考えられていましたが、1.5℃目標では、おおむね2050年へと前倒しされます。パリ協定からCOP26までの数年間で、世界が目指すゴールは大幅に早まったのです。 

しかも、2050年に実質ゼロを実現すれば、すべてが解決するわけではありません。その後は、シナリオによっては、大気中のCO2を吸収・除去し、世界全体で排出量を実質マイナスにしていくことも必要になります。2050年ゼロは最終地点ではなく、その先も取り組みは続いていくということです。 

国際政治が揺れても、GX競争は止まらない 

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