2050年カーボンニュートラル※1 の実現に向けた目標や計画が広がる一方、それを具体的な行動へ移すことが次の課題になっている。脱炭素を環境部門だけのテーマにせず、企業の本業や地域の課題と結びつけるには何が必要なのか。藤野純一さんに、組織の壁を越える仕組みやGX(Green Transformation)を支えるDX(Digital Transformation)、地域との向き合い方、そして次世代のまちづくりまで、脱炭素を「実装」するための条件を聞いた。
※1 カーボンニュートラル:温室効果ガスの排出量から、森林などによる吸収量や除去量を差し引き、全体として排出量を実質ゼロにすること。日本政府は2050年までにこの状態を目指すことを宣言している。
| 藤野 純一(ふじの・じゅんいち) 公益財団法人地球環境戦略研究機関(IGES)プリンシパルシナジーコーディネーター。脱炭素、SDGs、地域環境政策の分野で、国の委員会や国際会議、自治体支援に携わる。国立環境研究所では「日本低炭素社会シナリオ研究」に関わり、日本国政府の温暖化対策目標づくりにも参画。飯舘村の復興計画や、アジアの国・都市における低炭素社会、SDGsの実装にも取り組んできた。 |
組織の「縦割り」を、どう越えるか

——脱炭素の目標と実装の間には、どのような壁があるのでしょうか。
最も分かりやすい例が、省庁や自治体の環境部局の中で止まってしまうことです。脱炭素は環境部門だけでなく、建築、農業、産業、交通など、実際に動かさなければならない部門は多岐にわたります。
一方、それぞれの部門には役割や権限があり、その間の壁はかなり厚い。だから、組織の「縦割り」を越えて調整し、全体に横串を通す役割が必要になります。
岩手県や石川県では、副知事をCGO※2 に位置づける取り組みが始まりました。
※2 CGO:Chief Green Officer(チーフ・グリーン・オフィサー)の略。脱炭素や環境政策について、組織や部門を横断して推進・調整する責任者。
背景には、2030年度の削減目標がありました。岩手県も石川県も、2050年カーボンニュートラルを掲げる中で、2030年度に高い削減目標を設定しました。そこで、「目標は掲げた。では実際にどう達成するのか」と考えたときに、環境部門だけでは動かせないという課題が見えてきたのです。
そこで、CDO※3 のような部門横断でデジタル化を進める役割を参考に、GXにも組織全体を横断して調整する責任者が必要ではないか、という発想からCGOが生まれたそうです。当時、私たちが調べた限り、世界中をみても自治体レベルでCGOを置く例は他国では見当たりませんでした。
※3 CDO:Chief Digital Officer(チーフ・デジタル・オフィサー)の略。デジタル技術を活用した組織改革や事業変革を、部門横断で推進する責任者。
私たちは現在、こうしたCGOや市町村の副首長をつなぎ、経験やノウハウを共有するネットワークづくりにも取り組んでいます。
自治体では首長のリーダーシップはもちろん重要ですが、実際の行政運営では、副首長が人や予算、組織の動きをよく把握しています。ところが、省庁と担当者、あるいは省庁と首長との交流はあっても、副首長同士が主役になって実務的な課題を共有する場は意外とありません。
だからこそ、CGOや副首長同士が直接対話し、「目標を掲げる」だけでなく、「組織を実際にどう動かすのか」を共有していくことに意味があると思っています。
GXを進めるにはDXが欠かせない

——DXは、脱炭素の実装にどのような役割を果たしますか。
GXを進めるには、まずエネルギー使用量やCO2排出量を把握しなければなりません。どれだけエネルギーを使っているのか。どこに無駄や課題があり、対策をした結果、どれだけ改善したのか。それが分からなければ、次の判断はできません。
ところが、例えば自治体の現場では、公用車の走行距離や燃料使用量などを、紙やExcelの手作業で集計しているケースがあります。
しかも、苦労して集めたデータが、報告書をつくるためだけに使われ、その後の政策判断には十分活用されていない。いわば、集めたデータが倉庫の中に眠っているような状態です。それでは意味がありませんよね。
大切なのは、単に紙をデジタルに置き換えることではなく、まず「何を知るために、どのデータを、どう取るのか」を見直すことです。
これまでの仕事の流れそのものを検証し、必要な情報が継続的に集まり、それを意思決定に使える仕組みに変えていく。そこにDXの役割があります。
現場は忙しく、これまでのやり方を変えることには抵抗もあります。だからこそ、システムだけを導入するのではなく、仕事の進め方や役割分担まで含めて見直さなければなりません。
必要なデータを取り、状況を把握し、対策を打つ。そして、その効果を測って次の行動につなげる。
そう考えると、「GXの前にDXがある」ともいえますし、「GXを実現するためにDXを進める」ともいえます。DXによってデータを意思決定に使える状態にして、初めてGXを継続的に動かしていけるのだと思います。
脱炭素を「本業」にどう結びつけるか

——企業が脱炭素を経営や事業に落とし込むには、何が重要でしょうか。
SBT※4 の設定や、Scope1、2、3※5 の排出量の把握・削減など、脱炭素経営を進めるうえでの「必修科目」ともいえる取り組みがあります。これらを着実に進めることは必要です。
※4 SBT:Science Based Targets(科学的根拠に基づく目標)の略。パリ協定が目指す気温上昇の抑制と整合するよう、企業が設定する温室効果ガス削減目標。
※5 Scope1、2、3:企業の事業活動に伴う温室効果ガス排出量を区分する考え方。Scope1は自社による直接排出、Scope2は購入・取得した電気、蒸気、熱、冷却などの使用に伴う間接排出、Scope3は原材料の調達、物流、製品の使用・廃棄など、サプライチェーン全体から生じるその他の間接排出を指す。
ただし、本質的には、脱炭素を本業にどう結びつけるかです。
排出削減をコストとして処理するだけでは、長く続きません。省エネ技術、再生可能エネルギー、資源循環、地域インフラなどを、新しい商品やサービス、事業モデルとして成立させる必要があります。
カーボンクレジット※6 を購入し、他の場所で実現した温室効果ガスの削減・吸収量を活用する仕組みにも、全体として効率的な削減を進める意味があります。一方で、クレジットを免罪符にして、自社の取り組みを止めてしまってはいけません。
※6 カーボンクレジット:省エネルギー、再生可能エネルギーの導入、森林保全などによって実現した温室効果ガスの削減量・吸収量を、一定の基準に基づいて認証し、取引できるようにしたもの。企業などが自社で削減しきれない排出量の一部を補うために活用される。
削減しやすい場所で早く減らすことと、自社の事業構造を変えること。その両方が必要です。
地域課題を、世界の解決策へ変える

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