生成AIの活用が急速に広がり、企業では効率化や合理化への期待が高まっている一方、「AIが人間の仕事を奪う」との懸念も根強い。だが山口周さんは、AIが担うのは仕事そのものではなく、その一部である「作業」だと捉える。効率化の先で、人間は何を担い、企業はどのような価値を生むべきなのか。企業へのコンサルティングや人材育成に長年携わり、人間の知性や感性を問い続けてきた山口さんにお話を聞いた。
| 山口周(やまぐち・しゅう) 1970年東京都生まれ。独立研究者、著作家、パブリックスピーカー。株式会社ライプニッツ代表。 慶應義塾大学文学部哲学科卒業、同大学院文学研究科美学美術史学専攻修士課程修了。電通、ボストン コンサルティング グループなどで、企業戦略策定、文化政策立案、組織開発などに従事した後、独立。複数の企業で戦略・組織アドバイザーを務める。『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』『ニュータイプの時代』『ビジネスの未来』など著書多数。 |
AI時代に分けて考えたい「職業・仕事・作業」

——生成AI活用が広がるなかで、「AIが仕事を奪うのではないか」という不安の声も聞かれます。人間の仕事や働き方は、これからどう変わっていくとお考えでしょうか。
「AIが仕事を奪う」と言われますが、まず考えたいのは、「あなたが言っている仕事とは何ですか」ということです。
たとえば、テレビCMに音楽をつける、ベタな広告コピーを考える、映像素材を大量につくる。こうした作業の一部は、AIに置き換わっていく可能性が高いと思います。AIの方が安く、速く、たくさん出せるからです。
ただし、それは仕事そのものがなくなるという話ではありません。仕事の中にある作業の一部について、需要の向かう先が変わるということです。
——つまり、「仕事」と、その中に含まれる「作業」は、区別して考えるということでしょうか。
まず、「仕事」とは何かを改めて考える必要があります。
仕事には、最初に「これはおかしいのではないか」「何とかしたい」と感じる問題提起があり、そこから仮説を立て、情報を集め、分析し、人や資源を動かして実行していくという流れがあります。
このうち、AIが得意なのは、主に情報を集めて分析する部分です。本を書く、プレゼンテーション資料をつくる、過去の情報を整理するといった場面では、AIは非常に役に立ちます。一方で、最初の問題提起や、最終的にどう動くかを決める部分は、AIにはできません。
私は、「職業」「仕事」「作業」を分けて考えた方がよいと思っています。職業とは、医師や弁護士のように、責任を負う立場です。AIには人格がなく、法的な責任も負えないので、職業そのものを代替することはできません。
その下に、個別の案件としての仕事があります。さらにその中に、判例を調べる、資料を整理する、分析する、といった作業がある。AIが得意なのは、その作業の一部だという整理が重要です。
ありきたりではない仮説に、価値が残る

——AIによって情報収集や分析のコストが下がっていくと、企業の競争力や価値の源泉は、どこに残るとお考えでしょうか。
企業全体がやっている仕事そのものは、大きく変わらない。ただし、どこにお金を払うのかは変わっていくでしょう。
たとえばコンサルティング会社では、シニアコンサルタントやパートナーがアジェンダ※1を立て、仮説をつくります。その後、若手のコンサルタントが大量に情報を集め、分析し、資料をつくる。そして最後に、またシニアやパートナーが出てきて、最終的な提案内容を決める。
※1 アジェンダ:企業や社会が取り組むべき課題や問い。単なる会議の議題ではなく、「何を重要な問題として設定するか」という意味で使われている。
この一連の流れの中で、実は大きなコストがかかっていたのは、真ん中の情報収集や分析、資料作成の部分です。若手が何人も入り、数か月かけて作業する。そのレイバーフィー※2 が、料金の大きな根拠になっていたわけです。
※2 レイバーフィー:提供した労働時間や工数(人件費)をベースに算出されるコンサルティングや広告・専門サービスの料金体系のこと。
しかし、その部分はAIによってかなり代替できるようになっています。そうなると、企業が高い対価を払う理由は、「大量に作業してくれたから」ではなくなっていく。
では、どこに価値が残るのか。アジェンダを立てること、仮説をつくること、そして出てきた情報を見て、最終的にどちらへ進むべきかを判断することです。つまり、作業量ではなく、問いや仮説、判断の質に価値が移っていくのだと思います。
——仮説を立てること自体も、AIに前提条件や分析結果を渡せばできるようになるのでしょうか。
仮説にも品質があります。AIは、ありきたりな仮説を出すことはできます。でも、ありきたりな仮説は顧客も出せるわけです。
必要なのは、ありきたりではないけれど、言われてみると確かに一理ある、という仮説です。そこには、ある種のアートやセンスが求められます。
生成AIは、大量のデータをもとに確率的にもっともらしい回答を生成します。何も工夫しなければ、無難でありきたりなものになりやすい。一方で、突飛すぎても顧客には受け入れられない。「そう来たか」と思わせながらも、言われてみると納得できるものを出せるかどうか。そこは、今のところAIがあまり得意ではない領域です。
広告のコピーライティングでも同じです。ベタなキャッチコピーであればAIでも出せるかもしれません。しかし、想像もしなかった言葉の組み合わせで、新しい感覚の地平を開くような表現は簡単ではありません。そこまで行ける人は、AI時代にも強いと思います。
センスを鍛える「無駄なこと」

この記事は会員限定です。
登録すると無料で続きを
お楽しみいただけます。